美と健康は歯で創られる~令和編~ ⑨
第8回 日本の公的保険制度と歯科事情
「世界に冠たる日本の国民皆保険制度」とい う言葉を新聞などで目にすることがあります が、客観的に考察してみましょう。
昔、米国のウォートンスクールにMBA取得 のために留学中、「リスクと保険」というコースを履修しました。通常、保険に加入するために はリスクという不確実性に対し、プレミアムをその対価として支払います。さて、日本の公的医療保険ですが、「保険」という名はついておりますが、実質的には強制徴収される意味で「税」と同等です。日本の公的医療の保険料はリスクプレミアムに対してではなく、個人の給与等の収入に応じてその負担額が決まり、本当のリスク、すなわち、個人の疾病や怪我の不確実性の大きさに応じて決まるわけではありません。極端なことをいえば、不慮の事故や先天性疾患などを除いて考慮すれば、計算するまでもなく、 日頃、健康に留意して節度ある生活を送っている真面目な方ほど、支払う保険料の負担額が大きくなり、受け取る医療給付の額自体が少なくなる、ということになります。
一方、個々の保険治療に対する診療報酬は厚生労働省の定める公定価格ですが、その金額の設定には、診療に係る設備投資は愚か、治療ごとのコスト計算も考慮されておりません。民間企業のプライシングでは考えられないことですが、それが実態です。
私が留学当時使用したコトラーの「マーケティング・マネジメント(*1)」に「異なるタイプの製品評価の連続体」というグラフがありました。 ちなみに最新版(*2)にも同じグラフがあります。 消費者が様々な財やサービスを評価(良し悪しの判断)する際の難易度を表したものです。無形であるサービス(医科や歯科の診療が含まれる)は消費者にとって評価がより難しく、このグラフには購入後でさえ、評価が非常にむずかしいトップ3にいわゆる歯の根の治療、「根管治療」があます。最初の根管治療が適切に丁寧に処置されることがその後の歯の余命を左右しますので、非常に重要で緻密な治療のひとつです。時間、衛生的な術野の確保、相応の器材の経費もかかります。
ところが、この重要な治療に対する我が国の保険の診療報酬(公定価格)は、何十年もの間、 恐ろしく低いままです。その額はアメリカの価格の20分の一、今やフィリピンの価格の18分の一ということです。これは、わが国の患者さんの根管治療の質のばらつきが非常に多いという現実とはたして無関係と言えるでしょうか?
今回、象徴的な歯科治療の一種を取り上げましたが、合理性を欠く公定価格は良質な歯科治療を本当に現実的に、担保する仕組みを提供できたといえるのでしょうか?
プロの内部監査人なら厚生労働省にどのような指摘事項をされるのか、興味深いテーマではありませんか?
<図1>根管治療の例:左は術前、X線透過像 (根尖病巣)がある。右は術後1年半後。根尖の病巣は消失。医学的根拠に基づく丁寧な術式であればこのように根尖病巣がきれいに治癒する確率は非常に高い。
<参考>
1)Pillip Kotler,“Marketing Management”, Prentice Hall, 6th edition, 1988
2)フィリップ・コトラー、他、著『コトラー&ケラーのマーケティング・マネジメント』、丸善出版株式会社 第12版, 2014年
*本稿は一般社団法人日本内部監査協会の「月刊 監査研究」2014年4月〜2015年3月号に連載された、ひとみデンタルクリニックの歯科医師、権藤ひとみ著、「美と健康は歯で創られる」を編集、加筆したものです。©Hitomi Gondo